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征服者と新世界

  1. 2010/10/31(日) 23:42:46|
  2. ★★★|
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大阪駅前第三ビルの地下にある古本屋さんにて購入。
おなじ大航海時代叢書の「エチオピア王国誌」とか「ヌエバ・エスパニャ報告書・ユカタン事物記」を買ったのと同じところです。
大航海時代叢書は「エチオピア王国誌」があまりにも面白かったのでその後もたまに手にとってしまうのですが、読むにも持ち歩くにも重すぎますね…。
体積も大きいので本棚に入らず、保管も悩みます。

最近自分で気づいたのですが、私はヨーロッパや中国の歴史について書かれた本よりも、アフリカやアメリカ大陸、中央〜西南アジアなどの第三世界についての本のほうを好む傾向があるように思います。
理由についてよくよく考えてみると、仕事でヨーロッパの競合他社に負けることが多いことが原因の一つなのかもしれません。
私も実態は全然知らないのですが、うわさによると彼らは休日出勤なんてもってのほかで、残業も少なく、プライベートを大切にするそうです。
なぜそんな人たちに、ビジネスで負けてしまうのか?
植民地時代の蓄積によるものが多いのではないか?…それだったら、旧植民地について色々みてみよう、ということのようです。
なんという浅はかさ+恨みの賜物なのでしょう。
自分でもあきれてしまいます。

本書には、アステカ文明を崩壊させたコルテスや、インカ文明を滅ぼしたピサロの秘書であるヘレスなどによる報告書が収められています。
どちらも征服者の側からの言い訳と文化的偏見に満ちた代物ですが、読んでみると現地人の協力者が相当多かったことに気づかされます。
私が勝手に持っていたイメージですと、攻めるスペイン人と守るインディオ、という構図だったのですが、インディオも当然のことながら一枚岩ではありません。
そのため、うまくスペイン人を利用して権力者を引きずり下ろそうとするインディオ勢力が、時によってはスペイン人以上の残酷性を発揮して虐殺を行うこともあったようです。

また、いくら強力な火器や騎兵を擁していたからといっても、敵地での戦闘を行うスペイン人も相当ぎりぎりでの勝利を重ねていたのかもしれません。
コルテスは何度となく重傷を負い指を数本失っていますし、本書にアマゾン探検行が収められているカルバハルは弓矢による攻撃で片目を貫かれています。
単純に金銭を求めての行動だと考えるには、あまりにもリスクが大きすぎます。
もちろん、キリスト者としての信念も征服者のモチベーションの一つではあったのでしょうが、それ以上に当時ヨーロッパで失われつつあった封建社会へのノスタルジーや、名誉欲といったロマンチックな部分が大きかったのでしょう。
それにしても、現地人が容赦なく拷問され、女子供も含めて虐殺されたり奴隷化されたりするさまは、目を覆うばかりです。

翻訳は比較的読みやすいのですが、図版が不足しているために地理的な位置関係がよくわからない部分が多々見受けられたのは残念です。
歴史資料としては価値があるのかもしれませんが、全くの素人である私のような読者にとってはそれほど面白く感じられないものなのかもしれません。
「エチオピア王国誌」などと違って、現地人を単なる野蛮人としてみる記述も多いのが、個人的には読んでいて鼻についてしまいました。
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新樹の言葉

  1. 2010/10/24(日) 23:12:10|
  2. ★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入。
太宰治は、正直言って「走れメロス」「人間失格」「斜陽」と、後は以前読んだ「惜別」と「晩年」くらいしか思いつきませんでした。
とくに「晩年」のほうは相性が悪く、ちょっと読んでいてしんどかった思い出があります。

本書には、太宰が薬物中毒から脱却しようと苦闘していたころの短編が収められています。
その全てではありませんが、主人公の多くは恥をかくことを極端なほどに恐れ、体面を保とうとしながらもうまくいかず、場合によってはこの世から消え去ろうとしてしまうような人物です。
彼らが「恥」だと思っているようなことの多くは、理屈では考えても仕方のないことだとわかりきっているようなものばかりですが、それでもこだわりから抜け出すことができず、見苦しくも悩み続けます。

多くの人は、思春期から大人になるにつれて恥をかくことを多少は恐れなくなります。
自分が悪くないのに謝ったり、体面を保つための虚勢を放棄したり…生きていくうえでの知恵とでもいうものを身につけていくように思います。
本書に現れる登場人物は、こういった振る舞いに我慢できず、いつまでも敏感に自らを恥じ続けます。
ある意味においては、自分の気持ちに嘘をつくことができない純粋な人間なのかもしれません。

本書では、こうして恥をかくことが必ずしもマイナスの出来事としては描写されていません。
恥をかいて逃げ場を失って、初めて自分の気持ちと向き合うことができる、というような物語が多いように思います。
おそらく、自殺未遂を何度か経験した著者の希望でもあるのでしょう。
相性のよい人、悪い人はあるでしょうが、個人的にはひたすら気取りつづける「晩年」よりは面白く読める内容でした。
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彼方なる歌に耳を澄ませよ

  1. 2010/10/24(日) 00:14:05|
  2. ★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
著者のアリステア・マクラウドについては、全くの初見です。
本職は大学の先生で、プライベートの時間を使ってこつこつ小説を書き溜めているような人物だそうです。

この物語は、近代社会において自らのルーツとなる祖先や土地、文化から切り離されつつも、なおそのつながりに対する愛着をもち、よりどころとする人々の物語です。
主人公のアレグザンダー・マクドナルドは、かつてスコットランドからカナダ東端のケープブレトン島へと渡ってきた先祖(キャラム・ルーア)から数えて6代目の子孫です。
ケープブレトン島に住む人の多くはこの先祖の血を引いていて、これが彼らのアイデンティティの重要な部分を担っています。
全く見知らぬ人物であっても、キャラム・ルーアの血を引いているというだけで仲間意識を持ち、お互いに古くからの友人であるかのようにふるまいます。

主人公の祖父はゲール語を日常言語とし、ケープブレトン島やその周辺に根を下ろした生活をしていました。
主人公の代になると、その多くはゲール語を理解できず、遠く離れた地で働くようになり、かつてキャラム・ルーアの血を引くものたちが保っていたルーツを失いつつあります。
とくに、主人公は歯科医師として裕福に過ごしているのですが、彼らの故郷の人たちは虫歯になっても荒っぽく歯を抜くのみで、本来歯医者などには行くことがありませんでした。
キャラム・ルーアの子孫が必要としないはずであった職業につき、荒くれ者で漁やきこりを生業とした先祖たちたちから遠く離れた生活を送りながらも、過去を懐かしむ…誰しもが持っていると思われる郷愁です。

登場人物たちはさまざまな人生を歩みますが、そのほとんどが温かい心を持っており、読後感は比較的爽やかなものだと思います。
構成もよく考えられており、面白く読める物語でした。
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ななつのこ

  1. 2010/10/18(月) 00:03:27|
  2. ★★★★|
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著者の加納朋子は、全くの初見です。
もう、かなりキャリアを積んだ有名なかたなのですね…。

本書の主人公である女子大生の駒子は、「ななつのこ」という本を表紙にひかれて購入します。
これは、「はやて」という少年が日常で出会う些細な謎を、「あやめ」という年長の女性が解き明かしていくという童話です。
駒子は、著者にファンレターを送るのですが、そこから始まった文通を通じて、駒子自身が出会う些細な謎もまた、明らかになる…という入れ子構造になった物語です。

推理小説のようでありながら、殺人も警察も出てこないという点においては、以前読んだ「空飛ぶ馬」と似ています。
(著者も北村薫のファンだという話です。)
ただ、こちらのほうが込み入った構造であり、内容もより洗練されていて読みやすいようには思います。
もう20年前の作品なので、文中に表れる時事ネタなどはそうとう古く感じられますが、気軽に読むにはとてもよい一冊だと思います。
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千代田図書館とは何か─新しい公共空間の形成

  1. 2010/10/17(日) 23:49:15|
  2. ★★★★★|
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ジュンク堂大阪本店にて購入しました。
ちょうどほかの本を持ってレジに向かう途中、たまたま目に入り手に取った本です。

私はほとんど図書館というものを、利用しません。
大都市の中央図書館ならともかくとして、地域図書館だと私の好む本とすこし外れたラインナップしか揃っていないことが理由の一つです。
ただ、それよりもっと大きいのが、利用者の質の問題です。
涼みに来たり、眠りに来ているとしか思えない人たちによって机が占領されたり、図書館をサロン化して遠慮なく会話する人がいたり、子供たちがそのあたりを走り回っていたりと、とても落ち着いて本を選べる状況でなかった、という経験があるのです。
個人的には、図書館に限らずこういった施設は、例え小額であっても料金を徴収するべきだと思います。
一度、美術館で「地元住民無料デー」が実施されているところに鉢合わせてしまい、あまり興味もなさそうなかたがたが大声でしゃべっていて、辟易した覚えがあるので…。

著者は、貸し出し業務や、子供相手のイベントにのみ偏重した公共図書館の現状を強く批判します。
そして、図書館は、ビジネスパーソンなどによる調査研究業務の手助けや、地域企業向けの知識データベースとしても役立つべきであるとの考えをもとに、千代田図書館の改革を進めた結果が述べられています。
今現在、図書館を頻繁に使用している方には、本書の内容に対しては納得いかないかもしれません。
なぜなら、予算や人的資源が限られている以上、より高度な情報ステーションとしても図書館を機能させようとすれば、「無料貸本屋」業務は多少なりともおそろかにせざるを得ません。
利用者からの、図書購入リクエストに答えられる率が減少するなど…。
それでも、住民の税金で運営されている図書館が、一部の「昼間に暇な時間があり、趣味用途でのみ利用する」人にだけ使われるならば、負担の公平性の点において大きな問題があると、著者は指摘します。

著者の考えを端的に示す部分を、2箇所ほど引用します。
多くの公共図書館では、カウンターでの貸出・返却サービスを柱に、それを支える資料発注・受け入れ業務等、さらに予約や図書館間貸出などの付加的サービスを中心に、職員配置や業務全体が組み立てられている。
これ以外に利用できる何かほかのサービスを思い浮かべるのが困難な図書館も少なくない。
このことが、利用者のリクエストに応じるため話題の小説やタレント本を同じタイトルについて何十冊も購入して、著者の権利を侵害し、書店の売り上げ減を招いている「無料貸本屋」という社会的イメージに(それがすべて事実であるか否かとは別に)結びついた大きな原因になっているように思われる。
このようなイメージを払拭しない限り、公共図書館の新たな発展は望めないどころか、早晩行き詰ることは明らかだ。
主題知識や情報組織化に関する知識・スキルの欠如に起因する現場図書館員の自信のなさ・実力のなさが、ビジネスパーソンなどまともな情報要求をもった利用者と応対することを避けさせ、文句を言わない子どもへの読み聞かせや機械的にやっていればすんでしまう貸出カウンターでの作業に逃げ込んで、流行りの新刊書をただで借りられさえすれば満足する利用者を呼び寄せ、新規サービス開発の必要性を感じないまま、「単純作業としての図書館業務」の委託がどんどん進んでいき、図書館行政はそれに手をこまねいている、というように問題は連なっているのだ。
これらの意見については異論もあるでしょうが、私自身はおおむね賛成します。
本来ならば図書館司書は、博物館の学芸員と同様にそれなりの専門知識をもった人材であるはずなのに、現状では彼らにそれほどの業務が与えられず、司書の側でもその状況に甘んじているそうです。
そんな司書たちについても、著者は厳しい評価を下します。

著者の考え方をあまり推し進めすぎると、図書館が一部のエリートのみが使う施設になってしまう危険もあるでしょう。
ただ、だからといって図書館がこのまま放置されれば、図書館員=雑用係という印象を行政の側も持ってしまい、図書館員が人件費の安い派遣社員に置き換わることは避けられません。
図書館が再生するか、またはいずれ経費削減の流れに乗って消滅に向かうか、どちらになるかはここ数十年で答えが見えてしまうようにも思います。

本書では、改革のネックとなった点についても、実名を含めて具体的に原因を述べています。
その意味においては、「新・日向市駅」とも共通の歯切れのよさが感じられます。
読む側の立場によって、色々なことを考えさせられるような一冊だと思います。
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イラク戦争のアメリカ

  1. 2010/10/16(土) 22:00:40|
  2. ★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
歴史としての戦後日本」「賜物」「都市空間のなかの文学」と、うっかり重めの本を続けてしまったので読んでいる途中に疲れてきてしまいました。
次はもう少し軽い本を読むことにしたいと思います…。

私事ですが、私の誕生日は9月11日、アメリカの連続テロの日です。
その当日には全く予想しませんでしたが、あの日以来、「テロへの戦い」にアメリカ国民は熱狂するようになり、妙に好戦的になったと感じました。
ただ、ソマリアやスーダンにはあまり目を向けずに、イラクばかりがあれほどクローズアップされてしまったことには、どうしてもハリバートン社と強いつながりを持つチェイニーの影響を疑ってしまいます。
オバマ大統領は企業とのつながりが薄いことで、現実の経済を知らないと非難されることがあるそうです。
しかし、だからといって国権を振るって自らが大株主である企業に利益誘導するやり方を容認するアメリカ政府には、個人的には疑問を感じてしまいます。

本書では、記者としてイラク戦争の取材に当たった人物により、アメリカがどのようにして泥沼にはまったのかが詳細に描かれています。
ラムズフェルドやチェイニーをはじめとした、ワシントンの対応を追っていると、失敗するプロジェクトの典型例を見せられているような気分になります。
「希望的観測」と「予想される出来事」の混同、不都合なことに対する無視、自らの理想を他人に押し付ける不遜…。
著者は、次のように述べます。
イラクに対してもっとも責任ある立場の人々が示した人命軽視の姿勢は犯罪的な無関心の域に達していた、とわたしは確信するようになった。
抽象的な思想にとらわれて、自分の正しさを盲信し、自己批判を怠り、説明責任をおろそかにしたために、難事業は必要のない死者を出すはめに陥った。
そして事態が悪化すると、彼らは責任を他人に転嫁した。
イラク戦争はつねに勝てる戦いだった。
今でも勝利できる。
それだからこそ、戦争の構築者の無謀はいよいよ許しがたい。
全編を通して見えてくるのは、ブッシュなどの政策立案者たちが、あまりにも現実に向き合ってこなかったということです。
彼らは、金銭で得られる限り最高の教育を受けた人物ばかりであり、研究者として生きたならば相当な成功を修めたかもしれません。
しかしながら、エリートたちの過剰な理想主義、楽観主義はイラクでは全く通用しませんでした。
数十年間も相互監視の抑圧体制化にいた国民たちには、せっかく得られた自由をどう扱ったらよいかなどわかるわけもありません。
その間隙をついて世界中から原理主義者をはじめとした、さまざまな野心家が入り込み、ついには修復不可能なほどの混沌が全土を支配してしまいました。

本書では、イラク戦争の開戦自体は必ずしも間違った判断だとは述べられていません。
むしろ、戦後の国家建設について、前準備を完全に怠ったことを批判しています。
イラク戦争の主な主導者となったネオコンの由来から始まり、イラク人、アメリカ人への取材を通した失敗の原因分析まで、それなりに納得して読める内容だと思います。
そこそこ高価な本ですが、内容は価格に負けないくらい厚いので、お買い得といっても良いと思います。
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都市空間のなかの文学

  1. 2010/10/11(月) 00:54:46|
  2. ★★★★|
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文庫本の棚をなんとなくうろうろしていたところ目に入ったので、購入しました。
前田愛の名前は前々から聞いたことだけはあったのですが、著者近影をみて初めて男性だと知りました。
「愛」という響きから、完全に女性の学者だと思い込んでいたのです…。

本書は、大まかに言うと三つの部分に分かれると思います。

1. 文学作品中の空間についての、他の学者による研究のレビュー
「序」として挙げられている「空間のテクスト テクストの空間」という、比較的長いエッセイが、これに相当します。
・フローベールの「ボヴァリー夫人」での、語り手と作中人物の視点の交錯
・泉鏡花の「照葉狂言」での、芸能集団に対する一般民衆の恐れ
など…。
文学作品中に広がる三次元的な空間について、当時の人々が一般的に持っていた心的なイメージとともに解説されています。

2. 明治時代を中心とした日本文学の舞台となった都市についての解説
・二葉亭四迷の「浮雲」、田山花袋の「蒲団」において、民家の二階が無意識のうちに隠された心の側面を表している様子
・樋口一葉の「たけくらべ」において、娼婦となることが運命付けられている女の子が生きる少女時代を、将来を暗示するように包む闇
など…。
江戸時代の旧来の秩序が崩れ去り、不確実な社会において生きる人たちがどういった不安を感じていたのか、その時代の空気というべきものをうまくあらわしていると思います。

3. いわゆる「内向の世代」に属する作家たちによる作品の解説
こちらは、一転して現代(1970年代)に黒井千次、後藤明生らによって発表された作品を手がかりに、団地、核家族、サラリーマンといった新しい形態の家族に生きる人間たちのゆがみがどう表現されているかを解説しています。
巨大団地が我々に与える漠然とした不安感をはじめとして、サラリーマンが昼と夜に生きる領域の明確な切れ目など、社会変動にともなう足元の不確かさが述べられています。

上記の1を除いて、文章もわかりやすく読んでいてもなるほどと思わされるものばかりです。
ただ、「東京名所図会」などをはじめとした絵画作品を題材としたくだりは、その絵画自体がどのようなものかがよくわからず、読んでいてもいまいちピンときませんでした。
本来なら、もう少し図版が充実していたほうがよかったのでしょう。
また、「空間のテクスト テクストの空間」は写像や集合の数式について、ごく初歩的なものでもよいので知識がないと理解は困難でしょう。
個人的には、数式をわざわざ使わなくても、同様の内容はもっと平易に述べることが出来るようには思うのですが…。

特に、日本の都市空間について、その闇の部分を見事に表現した文章群です。
1600円と文庫にしてはやや高いですが、分量は相当多くて、内容の割にはお買い得だと思います。
字が小さいので、目が悪い人には読みづらいかもしれません。
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賜物

  1. 2010/10/03(日) 19:51:48|
  2. ★★★|
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順番に読んでいる池澤夏樹の文学全集です。
第I集に比べると、第II集はより難解なものが多いような気がします。
芸術的な価値は高いのでしょうが、私のようなど素人には理解が難しいです。

本作は、ナボコフ最後のロシア語長編だそうです。
(このあとはもっぱら、作品の執筆には英語を用いたとのこと。)
訳者による巻末の解説から引用させていただくと、
ロシア語作家としてのナボコフは経験を十分積みながらも頭脳はまだ若々しく明晰で、おそらくその能力の絶頂にあったのではないか。
母語としてのロシア語を極限まで酷使する自信もあっただろう。
その結果、ロシア語固有の柔軟な統語法と、古語、俗語、方言なども含む膨大な語彙を駆使して書かれたこの作品は、ロシア語の超絶技巧を極めるものになった。
とあります。
まさに読んでいてもそれを感じることが多く、訳者が相当量の注を加えることにより、ところどころで用いられる言葉遊びなどなどを説明しようと苦心するあとが読み取れます。
訳者は、本作を「ユリシーズ」や「失われたときを求めて」と並ぶようなものであると述べていますが、個人的には「フィネガンズ・ウェイク」を思い出しました。

「フィネガンズ・ウェイク」には、柳瀬尚紀氏による名高い翻訳が知られています。
これは日本語訳が不可能とさえ言われたほどの語呂合わせに満ちた作品を訳した苦心の作なのですが、私のような一般人が読んで面白いかといわれると、相当疑問に感じます。
本作「賜物」についても同様のことが言えまして、すごいことはわかるのですが、楽しんで読める作品とはとてもいえないでしょう。
特に、ロシア語の詩に関する専門的な考察がなされている箇所などは、正直言ってちんぷんかんぷんです。

本作は、ロシア語を相当程度理解でき、なおかつロシア文学、ロシア近代史について造詣が深い、ごく少数の専門家に向けた作品といっても言い過ぎではないと思います。
これが理解できるほどの高みに昇った方にとっては最高の作品なのかもしれませんが、一般人が読むべきもののようには感じられません。
ただし、解説はわかりやすく丁寧なので、読まれる方はネタばれの問題等ありますが、ぜひ先に解説を読むようお勧めします。
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