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ヒトの言語の特性と科学の限界

  1. 2011/10/30(日) 00:15:26|
  2. ★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
「科学」という単語の守備範囲をどこに定めるかは人によってさまざまなのでしょうが、「科学」=「自然科学」の意味で用いられることが多いようにも思います。
「Science」なる雑誌がありますが、これもそのほとんどを自然科学に関する論文が占めています。
(もちろん、「人文科学」や「社会科学」も存在するのですが、単純に「科学」とだけ言った場合には「自然科学」を指すことがほとんどです。)
そして、自然科学においては客観的な真理が追い求められる傾向がより強いのですが、そうは言ってもその内容を記述するには多かれ少なかれ、ある意味論理的には不完全な自然言語に頼らざるを得ません。
自然科学に携わる人の多くはこのあたりの矛盾にあまり頓着していないようにも見えますが…。
私自身も、言葉と科学の関係については確固たる考えを持つに至っておらず、少しでも得るものがあれば…と思って本書を購入しました。

著者は長年、科学史関連の翻訳を生業としてきた方で、本書を執筆した時点では癌により余命がいくばくも無かったようです。
実際、亡くなったのは2011年7月だったのですが、本書の前書きの日付も同じ月であり、本当に時間切れぎりぎりの状態だったのでしょう。
そのため、内容自体は散漫な部分もあり、堅牢な理論を積み重ねたものと言うよりも、むしろエッセイのように見える部分が多くありました。
また、題名から受ける印象とは違い、人間の意識一般について広く扱っているものでもあります。

内容自体は、古典力学における万物を機械とみなす考え方と、人間の意思決定の間に存在する乖離など、それほど目新しいものではありません。
しかし、抗がん剤による自らの感覚の変調をも考察の対象にするなど、まさに命をかけた最後の一冊にふさわしいようにも思います。
自らの死を見つめつつ、フロイトの言うタナトスについて実感をこめつつ述べた部分は、さすがに凄みを感じさせられました。
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足跡

  1. 2011/10/29(土) 23:37:46|
  2. ★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
人間の大地」「すべての民族の子」に続く、ブル島四部作の三作目です。
前二作はそれぞれ上下巻の二分冊となっていたのに対して、本作は800ページ近い作品を一冊にまとめているので、物理的に持ちにくく読みにくいです。

「すべての民族の子」において、インドネシア現地人として民族を覚醒させる必要性にめざめた主人公ミンケは、手探りながらもいくつかの政治団体を結成します。
その過程で設立した新聞「メダン」が大きく育ち、社会的にも影響力を持つようになったために、オランダ植民地政府をはじめとするさまざまな団体と軋轢を生じます。
暴漢に襲われるなどの肉体的な危険にさらされながらも、ミンケは自らが信じる道を歩み続ける…。

本作は政治犯としてブル島に拘留された作者が口述により作り上げたものですが、もしかしたら著者は主人公に自らを投影しているのかもしれません。
前二作とは違い、政治的な主張に関する細かな議論が続く場面もあり、特に前半部分は多少読むのに気力が必要でした。
しかし、後半に進むにつれて物語は加速度的に進行し、単なる啓蒙を目的とした書物にありがちな退屈さは、ほとんど感じられません。
ここまでの三部作すべてに言えることなのですが、一番続きが気になるところで終わってしまうので、次の作品が早く読みたくなります。
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とある飛空士への追憶

  1. 2011/10/23(日) 21:20:50|
  2. ★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
この店では、ライトノベルは一階の漫画コーナーにおいてあるのです。
前々からライトノベルにも手を出してみたいと思っていたのですが、映画化とのことでえらく目立つところに並んでいたので買ってみました。

高貴なお姫様と、身分の低い男の、許されないひと時の恋…という、ありがちといえばありがちな設定です。
しかし、男がお姫様を乗せて操縦する戦闘機の描写が真にせまっていて、アクション物として読ませられました。
確かに、映画向きの話だと思います。

悪役(端役)と、主人公たちのキャラクター設定もはっきりとしていて、わかりやすいのが特長だと思います。
個人的には、ファンタジーを読むのに慣れていないので最初はかなり苦労しましたが、軽く読むには面白い本だと思います。
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百年の孤独

  1. 2011/10/23(日) 21:09:30|
  2. ★★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
ガルシア=マルケスの作品は、完全に初見です。
「百年の孤独」という焼酎がありますが、こちらも本作に由来して名づけられたそうですね。

おなじ南米出身のアジェンデによる「精霊たちの家」と比較されることが多いようですが、なるほど類似点が多いように思いました。
ある家系の誕生とその末路、個性的で濃密な登場人物たち、政治や戦争、ゲリラ…。
南米といえば私はなんとなく、「ラテンアメリカ研究への招待」で読んだ、「マチスモ」(力強い男性性を尊ぶ風潮)、「ビベサ」(真面目さを軽視し、ずるがしこく立ち回ることを尊ぶ風潮)を思い起こします。
本書の登場人物の多くは、自らの内部に沈潜するがあまりに正気を失うなど、特に「ビベサ」からはかけ離れているように感じました。
もちろん、南米といっても広いので、地方によって全く地域性は異なるのでしょうが…。

個性の異常に強い登場人物が次々に現れることにより、おそろしいまでの濃密な空間が作品内で出来上がっています。
彼らは一様にエゴが強く、周りに流されるがままという人はほとんど存在しません。
誰が何を言おうとも、自分のこだわった生活習慣を変えることなく、ある者は一生引きこもったまま老いが身を侵食するがままに放置しますし、ある者はゲリラとして長期間生命の危機に自らをさらすことを選択します。
一族のものが産まれ、死ぬことをくりかえすにつれて、同時に街も栄え、滅びるのです。

奇想天外な話も多く、私には一種の民話を読んでいるかのように感じられました。
読む人を選ぶかもしれませんが、個人的には読み終えるのが惜しいほど面白い本だと思います。
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写真・ポスターから学ぶ戦争の百年―二十世紀初頭から現在まで

  1. 2011/10/17(月) 17:45:03|
  2. ★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。

私は昔の手書き風映画ポスターが大好きで、たまに中古ポスター屋さんの前でぼんやり眺めたりすることがあります。
狭い部屋では飾るスペースもないので、購入することはないのですが…。
本屋さんの店頭でたまたま本書に出会ったのですが、表紙にも中にも、昔の映画ポスターによく似た手書きイラストがたくさんあったので、ためしに購入してみました。

20世紀は過去にないほど大量の人が戦争で亡くなった時代でもあり、「憎悪の世紀」なんて呼ぶ人もいます。
ただ、私自身の考えでは、過去に比べて憎しみあいが激しくなったというよりも、お手軽に大量の人間を殺すことのできる道具立てがそろってしまった、というほうが適当なようにも思えます。
集団にとって一番困難なことのひとつは全員の意思を統一することなのでしょうが、本書で取り扱われるプロパガンダポスターは、まさに国民の中から追随者をいかに多く出すかに心を砕いているようです。
戦費調達のための公債募集ポスターなどはまさにその好例でして、本来なら誰も資金を拠出しないような利率での債権購入をうながすために、戦争を美化して国民の誇りに訴えかけています。
人の感情に訴えるものだけあって、ポスターの作者たちも相当工夫を重ねているように見えました。

本書の見開きページの大半は、右側に戦争の状況説明があり、左側にポスターや写真が掲載されているという構成です。
個人的には、戦争で使われた兵器の名前とか要員数にはあまり興味がなく、読んでいても辛い部分がありましたが…。
ポスターだけを眺める分には、モノクロであることを除けばよい本だと思います。
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ペスト

  1. 2011/10/17(月) 17:20:29|
  2. ★★★★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
私はこの本を読むまでカフカとカミュを完全に混同していました。
「グレゴール・ザムザ」とか「ヨーゼフ・K」とか学生時代に読んだとか思っていたのですが…。
ということで、カミュの作品は、私にとっては全くの初見です。

本書の舞台は1940年代のアルジェリア、オラン市。
突然、町中で大量のねずみの死体が発生し、それに引き続いて人ペストが大流行します。
現代においてはペストは稀な病気となりましたが、当時のアルジェリアでもペストの流行は完全に想定外の出来事だったようです。
そのため、市当局が公式にペストが発生したと認めて対策を行うまでに多大な時間が浪費され、結局のところ、政府の側が強制的に街を封鎖することになりました。

私にとって死は、いつかは向き合わなくてはならないわりには、どうしても普段は目をそらしてしまうものです。
私自身、近親者以外が死ぬ場面や、その遺体に出会ったことはありませんし、それも病院や寺といった「然るべき場所」においてのみです。
現代においては、通常、死は完全に隔離されたものとして存在しているので、私のように目をそらし続けることが可能となっているのでしょう。

西洋ではメメント・モリなんて言葉があったりしたそうですが、百年も時をさかのぼれば、今まさに健康な人にとっても死はとても身近なものだったと聞いたことがあります。
実際、「双調平家物語」などといった、過去を舞台とする物語を読んでいると、たった1ヶ月前まで健康そのもので権力の中枢にいた人物が、突然正体不明の病気でなくなることもしばしばです。
(兄弟そろって天然痘で亡くなった、藤原四兄弟などが好例でしょう。)
「あの葉が散るときに、私も死ぬのね…」式に、美しい死を迎えることができればまだよいほうなのでしょうが、天然痘やコレラ、チフスなどひどい疫病の多くは、まず人間の外見を無残に変えてしまい、ひどい苦しみの後に、生前の姿とは似ても似つかぬ醜い死体を大量に生み出します。
こういう光景に出会ったときに、人は死、無常、そしてカミュ風にいうならば「不条理」と向き合わざるを得ない状況に陥るのでしょう。
本書におけるペストの流行も、まさにそういった状態に万人を置いたことと思います。
本当に、恐ろしいことです。

一番印象的だったのは、主要人物も、その他街の住民にせよ、一見すると生命を守るという観点からは矛盾するような行動をとっていたことです。
死の街からの脱出直前で翻意して、もっとも病に近い場所に残ることにした新聞記者などはその極端な例ですが、それ以外にもたとえば、人々が密集した映画館や劇場に足しげく通い続けたり、またはカフェやレストランでの食事を続けたりすることも、わざわざペストに向かっていく行動のように思えました。
肉体がなければ心も存在しないのかどうかはわかりませんが、極限状態においては人は肉体よりも心の平安を優先して行動するのかもしれません。
最期に病をあるがままに受け止めて、治療を拒否したまま死んでいく神父は、神の意思によってらい病に感染した旧約聖書の登場人物ヨブに自分をなぞらえることで、信仰者としての自分自身を保ちつつ惨状を受け入れようとしているように見えました。

私自身、読んでいる最中にはあまり気づかなかったのですが、人によっては昨今の原発事故とその対応振りが連想される方も多いことでしょう。
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遠い太鼓

  1. 2011/10/11(火) 22:24:38|
  2. ★★★★★|
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この週末は実家にかえっておりました。
持って行った本を読みつくしてしまい、実家の本棚をあさっていたら出てきたのが本書です。
1993年購入なので、17〜8年ぶりに読んだことになるのでしょうか。
もしかしたら、10年ほど前に一度読み返したかもしれません。

私は旅行記を読むのが好きなのですが、思い返すと1には「どくとるマンボウ航海記」、2にはこの「遠い太鼓」が原因だったように思います。
中学生だった私は、本書の中に現れる珍しい食べ物や、不思議な人々に関する記述に本当にわくわくしました。
当時の私にとっての「パスタ」(「スパゲッティ」という言い方のほうがなじみがありましたが…)といえば、グリーンピースが入ったふにゃふにゃのナポリタンでした。
おそらく、ナポリタン以外にもスパゲッティが存在すると知ったのは、本書で魚介類の多いおいしそうなパスタ料理について読んだのが最初だったと思います。
あとは、まだ見ぬギリシャの自然を夢見たり、指揮者によるクラシック音楽の違いを述べる著者をかっこよく感じたり…。
私も大人になったらこんな人になりたいと思っていたものですが、いつのまにか引きこもりの漫画ばっかり読んでるサラリーマンになってしまいました。

本書が書かれた当時の日本は、バブル経済の真っ只中。
日本中に金が余って仕方がなかった頃なので、ヨーロッパの観光地も日本人だらけだっただろうと思ったのですが、意外と本書で触れられているような場所には日本人はほとんど訪れていません。
シーズンオフだったり、場末だったりしたためでしょうか?
地元の方だけが知るような酒屋に行ったりレストランに行ったり…日本国内ですら知らない店に一人ではいるのに勇気がいる私には、想像もつかない世界です。

係累もない異国にいて、しんどいことも多かったようですが、文章からはあまりそういった暗さは感じられず、むしろのびのびした様子が窺えます。
今読んでも、外国に旅行に行きたくなる一冊です。
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パリの胃袋

  1. 2011/10/10(月) 00:14:39|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
獲物の分け前」に続いて、ルーゴン・マッカール叢書の3作目です。
本作品は、前2作とは違って論創社からの翻訳書がまだ出版されていないので、藤原書店から2003年に出版されたものを読むことにしましたが、こちらも最近まで品切れ状態だったようです。
ちょうど、私が読もうと思ったタイミングで重版されたので、古本屋さんでプレミア価格を払ったり、遠くの図書館まで行って借りる方法を算段せずに済みました。

「獲物の分け前」では貴族たちの華やかで退廃的な生活が描かれましたが、本作では一変して庶民の市場が舞台です。
ちょうど新しくできたばかりのパリ中心部中央市場で、肉や魚、野菜にまみれて暮らす人々のなかに、精肉業を営む弟を頼ってやってきた元徒刑囚の兄がまぎれこみます。
彼はナポレオン3世のクーデターの際にとらえられて、無実の罪でフランス領ギアナに送られていたのですが、脱走してパリへ逃げてきたのです。
禁欲的で理想家の彼は、食物にあふれる中央市場になじむことができず、ついには共和制を目指したクーデターを企画してとらえられます。
本書では、「食べる」という人間の本能的な行動におぼれた中央市場の人々を通して、当時のパリが迎えつつあった消費社会を描いているように思います。

本書で一番印象的なのは、ありとあらゆる食材の描写です。
その色、臭い、感触などが洪水のように脱走者を苛み、細身で内省的な彼は、活気とエゴと脂肪にあふれた市場からついにははじき出されるのです。
彼が市場内にいることで、住民たちの間には微妙な不和が生まれるのですが、彼の逮捕をきっかけにまるで消化不良が解消したかのように、住民たちはまた飽食の世界へと返っていくのです。

元徒刑囚の政治熱に対する、友人の画家の言葉を引用します。
きみはきみ流のやり方で芸術家なのさ。
政治を夢見ているんだ。
(中略)
要するに、正義と真実という概念でもって、自分に快感を与えているわけさ。
(中略)
ああ!きみは大詩人なのさ!
これは、ある意味真実をついているように思えました。
彼は世の中すべての人のために政治活動を行っていると自分でも信じているのでしょうが、実際のところは自分自身の奉仕癖と政治への夢想欲を満たすためでしかありません。
市場の人々は自らの欲を自覚しているのですが、結局のところは元徒刑囚も自分勝手かつ夢見がちで思慮の浅い行動により、せっかくかくまってくれた弟に迷惑をかける結果に陥ったのです。
今でも、政治活動や市民運動を行う人が陥りがちな罠であるようには思えます。

ルーゴン・マッカール叢書で一般的にいえることですが、本書もそれなりのボリュームがあります。
しかしながら、中央市場の生き生きとした描写のおかげで、すらすら先を読んでしまうので、長さを感じることなく読むことができました。
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ビアフラ戦争―叢林に消えた共和国

  1. 2011/10/09(日) 00:30:26|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
ビアフラ戦争については、「ナイジェリア独立直後の悲惨な戦争」というくらいの知識しかありません。
本書のあとがきで知ったのですが、当時のベトナム戦争やビアフラ戦争の悲惨さに心を痛めるあまり、フランス人の女性が焼身自殺などを行ったのですね。

連邦軍参謀長の「戦争において飢えは合法的な武器である」という言葉にある通り、ビアフラ戦争においてはなりふり構わない消耗戦が展開されました。
何より悲惨だったのが、連邦軍側に味方したイギリスと、ビアフラ側に味方したフランスなどをはじめとした諸国から資金や兵器が流入したことです。
また、在外の富裕なナイジェリア人からは双方に義捐金が送られたのですが、これも戦争の継続に用いられたために、戦争の長期化と犠牲者の増大に寄与しました。
赤十字社などの非営利組織による相手側の難民救済を、妨害する活動が公然と行われたために、国内では大量の病死者、餓死者が発生しました。
タンパク質不足が原因として発病するクワシオルコル病に侵された子供の写真は、センセーショナルだったことだと思います。

ザイールと並ぶ地域大国であるナイジェリアも、このビアフラ戦争を境に軍政とクーデターが繰り返され、現在では公務員による腐敗が世界で最も深刻といってもよいレベルに達しています。
直近では選挙後の暴動で数百人規模の死者が出たことが想起されますが、おそらくはまともに統治機構が働いていないのでしょう。
石油による大量の収入を背景に何とか国家の形を保っているというのが実情かもしれません。
背景には、やはりこのビアフラ戦争において国民の間で不信感が広まったことが、いまだに影響しているようにも見えます。

本書はコンパクトながらも、ビアフラ戦争についてわかりやすくまとめられたものです。
双方の戦略や支配地域などだけではなく、戦争が内外にどういった影響を与えたのか、また、西洋諸国がどういう対応を取ったのかについても詳しく説明されており、戦争終結から30年以上たって評価の定まった時期に振り替えるには良い本だと思います。
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李歐

  1. 2011/10/02(日) 22:34:41|
  2. ★★★★|
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こちらもジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
高村薫は名前だけは知っていたものの、全く著書についての知識はありませんでした。
たった今ネットで検索してみたら、出身地が私の実家から自転車圏内です。
なるほど、大阪の在日韓国人集落について、本書でやけに詳しく触れられているのもうなずけます。

物語は1970年台から80年代の大阪、母親が離婚して引っ越した大阪の文化住宅の近くにあった工場で、幼い頃から工作機械と在日朝鮮人労働者と触れ合ってきた吉田一彰が主人公です。
母親は労働者のうちの一人と駆け落ちして、一彰を置いて姿を消しますが、16年後に一彰はバイト先の会員制スナックでその労働者と再会します。
もともと工場は拳銃の密造など裏社会と結びついていた場所だったのですが、一彰は時を越えて再び日本や中国、韓国のマフィアたちとかかわりを持つようになりました。
なかでも若い殺し屋李歐とは生涯続く友情を持ち合う仲となります。
小さな町工場の社長として平凡な生活を送りつつ、李歐との夢に生きる一彰の半生を描いた作品です。

この物語では、たくさんの人が殺されますが、その描かれ方からは、必ずしも人が死ぬことは悪いことではないようにも見えます。
殺された人はその瞬間からこの世には存在しなくなるからです。
むしろ、その人の死を残された人がどう感じるかの方が重要だといいたいのかもしれません。
本作では、死者に対して、残された生者の側が「満足して死んだのだろう」という印象を押し付けているように思える箇所がいくつかあって、ちょっと違和感を覚えました。
私の読み方がおかしいのかもしれませんが…。
客観的に見るとあまりハッピーとは思えない展開でも、妙に爽やかな文体が気になりました。

物語の終盤のスピード感は、相当のものだと思います。
最初のほうはちょっと読むのが辛い部分もありましたが、エンターテインメントとして読むには面白い本だと思います。
ちょっと政治や思想的な主張のようなものも見られるので、そこで引っかかるとしんどいかもしれませんが…。
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影武者徳川家康

  1. 2011/10/01(土) 22:20:20|
  2. ★★|
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ジュンク堂の大阪本店にて購入しました。
本作を原哲夫が漫画化したものが、週刊少年ジャンプで連載されていたのを思い出します。
私はリアルタイムで連載を読んでいたのですが、「少年」ジャンプに掲載するにはあまりにもおじさん向けの内容だったためか、打ち切りっぽく突然終了したように記憶しています。

本書では、徳川家康本人は関ヶ原の合戦のさなかに暗殺されており、その後に将軍となったのは影武者であったという前提のもと、戦争のない、自由な社会を作ることを目指した影武者の後半生が語られます。
家康(影武者)と秀忠は主導権をめぐって激しく争いますが、その中では超人的な身体能力を持つ忍者たちが至るところで暗躍しています。
本書の一番のヒーローは、常に影武者の命令を受けて活動する六郎という忍者なのかもしれません。

竜馬がゆく」や「双調平家物語」を読んで感じた、歴史小説に対する相性の悪さにも懲りずにまた歴史物を読んでみたのですが、今回もやはりこの印象は払拭できませんでした。
著者は家康影武者説に相当入れ込んでいたようで、しばしば過去の文献を引用してしきりにその正当性を主張するのですが、物語の本筋は非現実的な忍者バトルなので、どちらにせよ単なるフィクションなのです。
そこを無理やり理屈っぽく説明するところが、私にはちょっとくどくて白けるように感じられてしまいました…。
歴史小説と言うのは、登場人物の感情や性格を逐一言葉で説明しても許されるという意味において、やはり特殊なジャンルだと思います。
同じようなことを普通の小説でやってしまうと、完全に駄作と判定されかねません。

さすがにめげたので、しばらくは歴史物には手を出さないようにしたいと思います。
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