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近代世界と奴隷制―大西洋システムの中で

  1. 2013/09/22(日) 17:27:13|
  2. ★★★★★|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
少し前に読んだ「奴隷商人ソニエ」で参考文献として挙げられていたものです。
絶版だったので、ネットで検索して取り寄せました。
以前も何度か同じ事を書きましたが、便利な時代になったものです。
ほんの10年ほど前には、欲しい本が絶版だったときには、地域の図書館に問い合わせを入れるか、古本屋を訪ね歩いて何とか発見するしかなかったのですから…。

本書では、大航海時代以降の奴隷貿易と奴隷制について述べられています。
奴隷貿易といえば、大西洋を渡って奴隷が輸出された「大西洋奴隷貿易」を連想しがちですが、実際はそれだけに尽きるものではありません。
最初期はアフリカ人奴隷はヨーロッパに送られて家内奴隷として使役されましたし、近代においてはアジア人が「苦力」などの名称で奴隷となりました。
本書のコラムには、豊臣秀吉による宣教師追放の動機のひとつとして、ポルトガル人が日本人を奴隷として連行した、というものが挙げられています。
古代ギリシアの時代よりさらに昔からも奴隷の存在は確認されており、その意味においてはアフリカ大陸への進出により奴隷貿易が発生したわけではありません。
しかしながら、通算で数千万人に及ぶ大量の奴隷が取引されるようになったのは、やはり新世界への奴隷の輸出がきっかけでです。
「奴隷商人ソニエ」でも述べられるように、とくに初期には奴隷だけでなく船員も輸送中に相当な割合が死亡しました。
想像もできないほどの、絶望的な状況だったのでしょう。

奴隷交易の経済効果については、よくその直接的な利潤が従来言われたほど大きくなかったことだけを取り上げて、ヨーロッパ人による収奪であったという主張への反論とする人がいます。
しかしながら、奴隷交易においては、関連産業への波及効果のほうが圧倒的に大きく、これがヨーロッパ-アフリカ・新世界間に中央-周縁の関係を作り上げる原動力となりました。
産業革命のなかでも、イギリスにおける綿織物生産の自動化、大量化のインパクトはとても大きいものでしたが、これは北米南部の悲惨な奴隷プランテーションにおける綿花大量生産から生まれたものです。

「奴隷商人ソニエ」に比べると、データに基づいて淡々と事実(と思われること)が述べられているのですが、逆にその分状況のひどさが際立つように思いました。
実際に奴隷制が身近な状態で育ったフォークナーの「アブサロム、アブサロム!」などを読んでいてもその閉塞感、絶望感が伝わってきますが、本書や「奴隷商人ソニエ」を読むとこれが真実であったことがより確信されます。
本書の序文には
わたしたちは、一般読者、学生向けにできるだけ平易な文体で、しかも内容の質を落とさずにまとめようと心掛けた。
とありますが、相当この試みは成功しているように感じました。

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